地に足が着いていないタレントの話

知名度は高いが人気はないタレントというのはいると思います。
この人気とは何かということになりますが、「その名前で金を取れる」というのは有効な基準と考えられます。地上波テレビは無料で見られるものなので、本当に人気があるのかどうか分からないまま出ずっぱりということもあるのでしょう。
もちろん歌手の場合もありうることで、一発屋というのは「曲は売れたけど人気は付かなかった」ということですね。


「産業アイドル」のおさらい - はろぶろ。その続き
によると、その問題として

芸が無いので自分の身を削って笑いを取った挙句、不祥事でバッシングされる

あるタレントがダンス経験が無いことを売りにしちゃってしまい、他の経験のある子が陰に隠れちゃっていることが、残り3名のファン達にとってある意味迷惑なことなのかもしれません。

(「バックダンサーズ」のことと思われます)

宗教に支えられちゃって広告塔になっても困りますので。

中川翔子からブログを外してしまうと単なるオタクな水着ギャル以外何も思い浮かびません。

ということが書いてあります。


(書いていないことも含めて)まとめると、
「個人として評価される活動をしていないと、しっかりした芸を持っていないままテレビに出ることになり、固定ファンが付かないから大変なことになる」
ということだと思います。これにはおおむね賛成なのですが、これがきちんとしていれば大丈夫というわけではないでしょう。


以下「芸がある」または「固定ファンがいる」場合の問題点を考えてみます。


「芸があればいいのか」というと、例えば舞台育ちの人は癖が強すぎてテレビで苦労する、というのはよくあります。また、固定ファンがいるからといってしっかりした技能を持っているとは判断したくない場合もあります。
つまり「芸って何なの?」という問題です。


文脈からは「しっかりしたファン層の確立のために必要なもの」という定義でいいでしょう。これがあって(も)苦労する理由は

  1. その技能が特殊なもので、応用範囲が限られる
  2. 固定ファンがイメージの変化を望まないことがある
  3. 世間に無用の固定観念を持たれる

などがありえます。


1.は、それで生涯食っていくわけにはいかないジャンルで問題になります。例えばモデルが俳優になろうとする場合ですね。
モデルには限りませんが、別ジャンルでトップクラスの人は演技力が未知数でもそれなりの「特別扱い」が必要になります。もちろん、歌手やお笑いの人などがいい演技をする例も多くありますが、そうでないと少なからず反感を買うことでしょう。
「美形すぎると売れない」(という言い訳)もこの例かもしれません。
2.は、アイドルと呼ばれる人に特有かもしれません。近年のこれで苦しんだ人といえば広末涼子が思い浮かびます。いや、問題はむしろイメージを変えようとしなくなる人の場合で、実はイメージに縛り付けようとするファンが一生付いてくるのかというとかなり怪しいのです。
3.は、主に低く見られているジャンルで問題になります。その価値観は往々にして一気に変わりうるものなので気にしなくていいとも言えますが、不遇の期間が長くなるとファンのモチベーションが低下しますので無視しきれません。また、これを克服するために「過去を捨てる」例が見られますが、その場合も陰口に悩まされることが多くなります。


矢口真里に関しては、そもそもなぜ歌えなくなったかを考えてみると、「下手だから」なわけはありません。これは「モーニング娘。はしっかりしているとは言えない根拠」でないとすれば、「プロセスがしっかりしていても駄目な例」になると思います。


ところで、トラックバック先では「産業アイドル」と呼ばれていますが、この呼び方は支持できません。
この元ネタである「産業ロック」というのが、そもそも問題のある表現であること(渋谷陽一 - Wikipediaの履歴をご覧ください)、「本当のファンはいない」というのは、「産業ロック」と呼ばれたバンドの多くには(おそらく)あてはまらないことが、その理由です。